課業開始

健康になりましたよ


◆生存確認用に始めたこのブログも、最近は酷い放置っぷりですが皆さんいかがお過しでしょうか。ごとうです。最近大阪/京都は、昼と夜の寒暖の差が激しくて参ります。が、私は元気です。身長五尺六寸、体重十五貫、極めてケンコウ!

◆さて、いよいよ今日から後期の授業が始まります。一応それなりに興味をひいて、かつ、単位取得が左程困難でないように見受けられるものを選択しているのですが、それでも不安はあります。あと3ヶ月とちょっとで修士論文を出さなきゃいけないのに手付かずだし、就職もしなけりゃいけませんから。むーん。

◆まあ、修論がとおっても単位を落として泣く泣く留年するよりは、とりあえず単位だけ積極的に取っておいたほうが良いかと思ってます。んで、修論が審査に通らなければ、留年か休学でもしてゆっくりい良いものを書きますよ。

◆多分、以前の私なら、当然のように酒に逃げてたんだろうなあ、と。逃げずにちゃんと向き合えるようになれたのが嬉しい。AAと、相方の力に、感謝。

あとは長いから畳んじまいます


◆まあ、逃げなくなったというよりも、闘い方が少しわかってきたというだけかもしれません。とりあえず目の前の「先に片付けられるもの/先に片付けないといけないもの」をこなすことだけを考えて、他の懸案を頭から締め出すということができるようになって、ずいぶん楽になりました。

◆以前は、何でもかんでも、とにかく問題をすべて一度に片付けられないと落ち着かなくて。「全て片付くか、何もしないか」という白黒二分法の思考にとらわれていたんですね、きっと。 ひとつの問題が片付いても、まだ幾つも残っている、ということが我慢できなかったのです。

◆たとえ全ての問題が片付いたとしても、生きている以上また新たな懸案が降ってくるのは当たり前で、「やっと片付いた」という安心感なんかスグに消えてしまう。

◆どうにかこうにか夏休みの宿題を提出してホッとしても、新学期にはすぐにまた毎日宿題が出てしまう。凝った料理を作って満足しても、食べ終えたら数時間後にはまたおなかが空くし、生ゴミは、出しても出してもすぐたまる。 生きている以上問題解決に終わりはないように思えてきたのです。

◆以前の私はそんな状態を「いつかは倒れるのがわかっていて、それでも廻り続けなくてはならない独楽(コマ)」みたいだなどとニヒルなことを言っていまして。そんな状態が厭で、早く倒れて落ち着きたいと、死ぬことばかり考えていました。

◆でも今は違う。どうせ死ぬならやりたいことをやらなきゃ厭だし、めいっぱい楽しくしたい。しかも護るべき仕合せもある。なら、より少ない苦痛で問題を解決していく方が良いじゃないか。そう思えるようになりまして。

◆とりあえず目の前のことを一つだけ解決して。それを繰り返して、結果として問題が減ればそれで良いじゃないか、と。その方が、いっぺんに何もかも片付けようとして、くたびれたり何ひとつうまくいかなかったりするよりは、ずっと効率的だと気付いたのです。

◆しかもそうやって解決する問題の数を減らせば、他の楽しみと同時進行でできる場合もある。それならより苦痛は少なくなって尚良いじゃないか、と。

◆まあ、ただ単に問題先延ばしの享楽主義に陥ってしまう可能性があるので、何事も極端な生き方ではなく、バランスよくほどほどが大切だと思います。きっとこれから先、難しい問題も降ってくるでしょうし、どこまで乗り越えられるかはわかりません。でも、やれるところまでやっていきたい。それもなるべく楽しみながら。ユーモア精神だけは忘れたくありません。