空気の読めない子

◆私は人が大勢集まるところが苦手だ。もちろん人ごみもそうだが、仲間で何人も集まってワイワイやるのが苦手なのだ。

◆集うのが苦手なら仲間じゃないだろうと思うかもしれないが、一対一でこじんまりと集まるのならばそれほどでもない、むしろ楽しめる事の方が多いから、矢張り集団が苦手なのだ。

◆いつも神経症的に不安を抱え、他人にまで気が回らない。不安の処理がヘタクソだから常に自分のことで手一杯で、周りが見えない。だから場の空気が読めない。

◆空気が読めない。場の雰囲気が読めない。その場に合った当意即妙な受け答えが出来ない、というところが大きいように思う。はっきりとそう自覚したのは大学に入ってからだが、この気質自体は、今から思えば小学校以前からそうだったように思う。

◆だから他人と距離をとることで心の安定を保とうとする。そうすることでさらに孤立を深め、場に適応できなくなる。

◆そんな私が、変身できる便利な道具を発見したのだ。アルコール。取り敢えず飲む。酔っ払う。酔った上での発言なら、場の空気が読めていなくても、多少とんちんかんでも、酒のせいにできた。肩の荷がすっと降りた。

◆言おうか言うまいか思案してからでないと発言出来ない私の臆病さは取り除かれ、口から言葉がぽんぽん飛び出した。失言すれば酒のせいにし、うまく場に溶け込めれば自分の実力だと思いこんだ。

◆普段仏頂面で冗談も言わないような男が、酒の席では一気に親しみの湧く、話しやすい好人物になる。いつしか、酒の席でしか対人関係の距離が縮められない人間になっていった。人付き合いの時に、言い訳の道具として持ち出した筈の酒が、いつのまにか、それ無しでは人と接することが出来ないようになっていった。

◆そして、どうしても顔を出さないといけない席だから、とか、顔つなぎをしないといけないから、などと、人付き合いを言い訳にして酒を飲むようになった。主客の転倒。それはやがて、外出する為の言い訳になり、シラフで外出することを酷く恐れるようになった。

◆酔って人付き合いをすることが常態になると、今度は酔っていても大勢で集まることが億劫に、そして、怖くなった。宴席では性急に酒をあおって誰よりも先に酔っ払い、宴席の中でひとり自分の世界に閉じこもるようになった。早くお開きにならないかなあ、などと考えながらグラスを傾け、煙草ばかり吹かしていた。

◆そしてお開きになると2次会・3次会と参加人数が減るにつれて元気になり、解散した後は必ずどこかのバーのカウンターにひとりで座り、宴席での惨めな気分を振り払う為に酒を飲んだ。


◆対人関係の構築能力の未熟さを、酒で誤魔化して青春時代を過ごしてきたところがあった。社会に対する適応力や人間関係に関するスキルを学び取るべき最も大切な時期を自分ではそうと知らずに逃してきた。酒に酔い痴れて誤魔化して来たのだ。

 自らの未熟さに眼をつぶって酒で誤魔化すことだけしかしてこなかった私。こんな私が、ただ酒をやめつづけていっても、いずれこの先、対人関係でまた躓き、スリップしてしまうであろうことは目に見えている。

 他人に対する恐怖の克服。周りを見渡せるだけの心の余裕。私に出来るだろうか。