キーワード下書きその1

 アル中が酒をやめる――。医学的にはあり得ないことだそうだ。
 いったんアル中になると、もう飲みつづけなくてはならないよう、身体の仕組みが出来上がってしまうからだという。そうなれば元へ戻す道はない。つまり、医学の力では、治癒は不可能ということになる。
 医者も苦労したらしい。(中略)それでなくても精神科といえば分裂病(引用者注:統合失調症の意)や躁鬱病がどうしても主になる。好きでなった自業自得の「酒狂い」を相手にするのはよほどの物好きと言われた。煮ても焼いても食えないアル中を「治す価値がない」とまで言った医者がいたのもうなずける。
 ところが、「断酒会」というのができた。サジを投げたアル中が、ここへ行くとなぜかやめはじめる。なぜオレに出来なかったことが断酒会に出来るのか――。
 医療では治せない。結論はとっくに出ていた。それからというもの、医者は何がなんでも酒を取り上げようとするのをやめた。医療方針の大変更だ。飲みたいヤツは飲め。断酒会に行きたいヤツは行け。いやで死ぬのは勝手にしろ。簡単にいうとこうなる。アル中に下駄を預けたのだ。

 アル中が酒をやめる――それは奇跡だった。

 断酒会には何かがある。医学という科学の世界にはない何かがある。


   ――三輪修太郎『飲んで死にますか やめて生きますか』星和書店 2003年 pp.107-109

◆実際のところ、断酒会に属したことのあるAAメンバーは皆、口をそろえて断酒会の欠点をあげつらう。体育会系の縦型組織で、上のものが年期の浅い者にエラそうな口を利く、説教をたれる。不満の多くはこの点に集約されるようだ。

◆やはり、「言いっぱなし、聞きっぱなし(聞き流し)」は断酒を実行する上で最も大切なことのようだ。もっとも、AAでも他人に説教たれたり、他人のやめ方や姿勢を批判する人間はいるのだが、そういった人間は避けられ、忌み嫌われる。そしてまたスリップしてしまうことも多いらしい。

◆結局、自己自身を見つめなおすこと、これ以外にはないようだ。AAも断酒会も、その為に最も有効な「手段」なのだ。