それはまるでルビィのような

 私の心の靜寂は血で買つた寶である

    あなたには分かりやうのない血を犧牲にした寶である


         高村光太觔 『智惠子抄』


◇私が初めてこの詩集を手に取り、この一節を目にしたときにドキリとさせられた。もちろんこの詩本来の意味とは全く違う解釈においてだが。血を犠牲にしてようやく手に入る宝。

◇しかし私の心の静寂は、ほんのいっときの宝でしかない。まさに今、苛立つ何かをどうにも抑えきれずに腕を切り、滴る血を拭って、腕を大きなガーゼで覆って、ようやく得た静寂。しかしそれは、ほんの小さな石ころ一つ投げ込めばたちどころに波打ち、波紋を広げる水面のようなもの。

◇ほんのわずかな心の静寂を得るために、酒に溺れ、薬にたより、自らを傷つけることまでする。けれどそんな静寂は長くは続かない。そうとは知っていながら、こんな愚かしいことを繰り返す私。もはや残された平安は、かりそめの死ともいうべき眠りにしかない。

◇そうして無為徒食の徒となり、惰眠を貪る私。そんな私を自身の内部のものが非難する。そうした意識を捩じ伏せ捩じ伏せして、ようやく一日をやり過ごす。果たしてこの先よくなる見込みがあるのだろうかという不安を抱きながら。

◇考えないようにしようと思っていても、影のようにぴったりと私に寄り添う死の幻想。いつまでもこんな苦しいことが続くのであれば、いっそこのまま処決してひと思いに死んでしまった方が良いのではないか。そんな幻想が頭をもたげてくるのを、見ない振りをしつづける。